「邪教・幸福の科学」の正体

30年の活動信者。退会後のカルトを語る。

神託結婚は大川隆法の「霊的現象」?

「邪教・幸福の科学」の正体 - 虚業教団

真実の教えは「理証」「文証」「現証」の三つの証をそなえていると言われる。

「理証」とは、シッカリと筋が通り、論理的に人を納得させ得る教えであること。

実際に体験してみなければ宗教はわからないという人もいるが、真の教えは決してそういうものではない。

「文証」とは、その教えが仏典や、先人の言葉に根拠を置くものでなければならない、ということ。

独りよがりの教えは、仮にそれがどんなに素晴らしくても、真理ではあり得ない。

三つ目の「現証」とは、現実を変える力があること。

たとえばキリストは、足萎えを立ち上がらせ、盲人の目を開かせた。

通俗的な言い方をしたら、奇跡とか霊的現象ということになるだろう。

この三つは「三証」といい、真実の教えには必然的にそなわるものである。

大川隆法の〈幸福の科学〉には、この三つがそなわっていただろうか。

東大卒という経歴を持つ大川の教えには、きっちりとした論理が確かに存在していた。

また本の虫だったという彼の言葉には、仏典や聖書、先人の教えが きら星のごとくちりばめられている。

「理証」も「文証」も問題はなさそうだ。

私はもちろん多くの会員が、この二つに引かれて会に入ってくるのである。

では三番目の「現証」はどうか。

すでにお話しした通り、大川の予言はことごとく外れている。

どうやら予知予言に関する「現証」はないらしい。

ではキリストのように悪霊を払って病気を治したか。

その的確なアドバイスで悩める人を救ったか。

三年半のあいだ身近に接していた私は、これにも「否」というしかない。

これに関して大川はいつもこう言っていた。

「いくらでもできるけど、来る人が病人ばかりになったら困るからやらないんですよ」

そう〈幸福の科学〉はご利益信仰の新興宗教とはそもそも違うのだ。

神理探究の場であるから、病気治しなど必要ない。

しかし、もしそれができるなら、なぜ兄の富山誠に憑いた悪霊を追い払わないのだろう。

富山に悪霊が憑依していることは、すでに最初の霊言集である『日蓮聖人の霊言』にも書かれている。

その兄が若くして脳溢血で倒れ、今も廃人同様というのに、なぜ放っておくのか。

まさか子ども時代に比較され惨めな思いをしたという兄に対する恨みがあるわけではないだろう。

病気治しをしてほしいのではない。

もし大川に人を救う力があるなら、身近にいる家族に、仲間に、会員に、手を差し延べてほしいと思うのである。

大川は一般会員とはほとんど接しなかった。

普通の人間でもするような個人的アドバイスさえ聞いたことがない。

「自分で解決できないのか」のひと言で切られてしまう。

そのことは『日蓮聖人霊示集』を読んでみるとよくわかる。

大川のもとに寄せられた悩みに答えを与えるという体裁をとりながら「誰々の寿命はあと何カ月」とか

「こんな恐ろしい未来が待っている」という、当たらない予言を連発しながら、相談者を脅しにかかっているだけ。

救いをもたらすようなアドバイスはどこにも見つからない。

天上界の構造や先人の教えには通じていたが、大川主宰は人の心、人生の喜びや悲しみを理解しようとはしなかった。

私にはそんなふうに思える。

GLAの高橋信次は、初対面の相手でもその経歴をたちどころに当てたという。

しかし大川にそんな芸当はできない。

ソ連の崩壊や円高は、元商社マンとしての知識で予見できても、人生経験の乏しいこの青年には、

ひと目で相手の素性を見抜いたり、的確なアドバイスをする能力は欠けていたのである。

しかし大川は、自分にはすでに〔六大神通力〕が与えられていると公言していた。

私たち会員もそれを信じきっていた。

それも実に素直に信じていた。

証拠といえば、大川自身の言葉しかなかったにもかかわらず、である。

ずっと後のことだが、幹部の一人と昼食をとりながら、雑談の中で大川に対する批判めいた言葉を交わしたことがあった。

その頃になると古くからの会員は多かれ少なかれ疑念を持ち始めていた。

食事を終え本部へ帰ろうとしたとき、その幹部が心配そうに私を見ながら怯えた声でこう言った。

「今の話はみんな、大川先生にツツ抜けじゃないか。大丈夫かな」

思わず私の声は高くなった。「ゼーンゼン。聞こえてなんかいないよ。何もわかりはしないんだから」

大川隆法は、私の知るかぎり奇跡はおろか霊的現象すら一度もあらわさなかった。

このことは彼自身が一番よく知っていたと思う。

頭脳明晰な大川のことだから、奇跡を起こせない霊能力者であるという、痛切な自覚があったに違いない。

そこで彼は「これほど多くの本を次々と出せるということが奇跡なのだ」と言っていた。

わずか三年ほどのあいだに100冊以上の本を著わすのは、それを奇跡と呼ぶべきかどうかは別として、確かに並の人間ワザではない。

本の出版のほかにもう一つ、大川が奇跡、霊的現象と呼んでいたものがあった。

それが神託結婚である。

「天上界の指示で会員が思わぬ人と結婚していく。これこそ霊的現象にほかならない」

その頃は公の席でもそのような発言をしていた。

言い換えれば、霊的現象をあらわせなかった主宰先生は、神託結婚に「現証」を求めたのである。

そうした「現証」をいくつか紹介してみよう。

 

〈館田隆夫と間田まゆみの場合〉

青年部の講師だった館田隆夫には10年来の恋人がいた。

たぶん二人の仲がうまくいっていなかったのだろう。

大川に相談すると、同じ青年部の間田まゆみと結婚せよ、という神託が下った。

以前の恋人からのイヤガラセもあり、館田はかなり悩んだようだが、最終的には結婚に至った。

現在は二人とも会を辞めているが、皮肉なことに、私の知るところでは今まで続いている唯一の神託結婚カップルである。

 

〈岡本春絵の場合〉

関西在住の会員・岡本春絵に示された神託結婚の相手は大阪支部長だった。

彼女が資産家のお嬢さんだったことを考えると、私の場合と同様、そこにも何かの計算があったことを疑いたくなる。

まことに悲しい私の性である。

彼女は結婚を拒否して脱会した。

 

〈河本裕子と石田尚路の場合〉

婚約していた河本裕子と石田尚路は、神示によって別れている。

河本の霊は石田の霊より格が高く、格の低い霊との結婚を悲しんでいる、というのがその理由だった。

 

〈阿南浩行と佐藤真知子の場合〉

佐藤真知子との神託結婚を拒んだ阿南浩行は、大川の信頼を裏切ったとして断罪され、追放同様に退会していった。

これは〔阿南事件〕として会を揺るがす大騒動に発展したが、詳細は後に述べることにしよう。

 

このような悲喜劇を見ながら、私たちはまだ大川隆法を絶対と信じつづけていた。

いや絶対と信じ込もうとしていた。

疑いを押し殺し、無理やり信じていた。

自分自身の心を正直に見つめる勇気を私たちは欠いていたのである。

自分の心をもっとよく見つめるべきであったと思う。

本源の神は、教祖に降りるのではなく、私たちの心にこそ宿っている。

心の奥にある神に匹敵する人間など、たとえ聖人だろうと霊能力者だろうと、断じていないことを、この際ハッキリさせておこう。

冷静になって聞けば〔神託結婚〕など誰でもおかしいと思うだろう。

そのおかしさの結果が、ここに挙げた悲喜劇である。

しかし私たちはみんな、自分の自由意志で勝手には動けないと感じていた。

「これだけの本が頭で書けると思うか!私を信じない人がいたら、それは天上界すべてを否定したことになるのだ」

誰もかれも自分の〔浅はかな思い〕を否定し、大川の方針に従って進んだ。

自分の心を見ないで、大川の言う天上界を見ていたのである。

真理は我々の心の中にこそあるというのに。

疑いに苦しんだ者は、さらに忠実な信者となって励んだ。

雨降って地固まるように、会は急速に発展していった。

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