「邪教・幸福の科学」の正体

30年の活動信者。退会後のカルトを語る。

大川隆法氏インタビュー文藝春秋、2009 年08月01 日号2

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――M&Aと仰いましたが、仮に自民党民主党も買い取るとなると、相当なお金が必要です。

大川 M&Aというのはあくまでも譬(たと)えた話であって、実際にはわれわれの政策に共鳴してくれる政治家や政党があれば、吸収合併していくということです。ただ、お金の話は訊きたいでしょう。マスコミ的には書きたいはずですよ(笑)。興味本位で書かれるのも困るのですが、初動期である今はともかく、将来的には政治資金面でも自民党民主党に見劣りはしないでしょうし、吸収できる余地は充分ある。

――幸福実現党の政治資金は、幸福の科学で全額負担するのですか?

大川 いえ、いまは教団が立て替えて政党に貸し出していますが、それは最初だけ。政党組織も徐々にできてきて、政党会員からの資金集めも始まっています。候補者の後援会組織もできてくれば、こんご政治資金がどのくらい集まるかも、これまでの宗教の実力から推測できます。決して少ない額ではありません。

――夫人の大川きょう子党首が政教分離について、「宗教施設を政治的に使ったり、宗教法人の役職に就いたまま立候補することも、法的には問題はない」と発言されたが、これについてはどう考えますか?

大川 今の段階は、ある程度仕方がないでしょう。今後は政党として自前の組織や施設、資金を調えていきますので。何らかの母体がなければ政党はできませんから、1、2年は緩めに見ていただきたいですね。

――300小選挙区全てに候補者を立てるには莫大な供託金が必要です。1人300万円で300選挙区だと合計9億円にも及びますが?

大川 小さい、小さい。そんなゴミみたいな(笑)。その質問は、トヨタ自動車に「株価が何円下がったら潰れますか」と質問するのと一緒ですよ。トヨタだって、単年度では赤字決算が出たとしても、会社本体はビクともしないでしょ。ウチも仮に9億円没収されたとしても、それで潰れるような教団ではありません。財務体質からみても、「宗教界のトヨタ」ですから、ウチは(笑)。

――政党党首にきょう子夫人を選んだ理由は?

大川 やはり能力と知名度です。立党後に党首交代したので家内は2代目党首といわれていますが、ほんとうは3人目の党首なんです。当初は教団内で実力のある別の人間を立てていましたが、選挙を考えるとポスターが大事でね。で、周囲の意見を聞いたら、一般の人にも人気がでるような選挙ポスターの顔に誰がふさわしいかという議論の末に、饗庭(あえば)(直道)君を2番目の党首にしたんです。ただ、並んだ政党幹部の顔ぶれを見渡すと、彼が教団内の役職で最も格下だった。他は元理事長とか元専務理事と、かつての上司ばかりで、「浮動票狙いの外向けの顔にはいいけれども、内部的にはきついだろう」と。彼の教団内の知名度も1割にも満たないくらい低かった。

 その点、家内は教団内の知名度も100%だし、記者会見の対応や質疑応答の能力も高かった。ならば大川きょう子を党首にして戦うのが良かろう、と3番目の党首になった。このとき4番目の候補は実は私でした。さすがに弟子たちに「勘弁してください」と引き止められましたがね(笑)。目標議席を獲得するのだって、党首の勇気次第です。饗庭君から家内に交代しただけで、当選者はたぶん3倍以上になりますよ。

――本気ですか?

大川 もちろんです。他教団の中には「選挙に出るのは、どうせ宣伝でしょ」と言う人もいますが、家内まで引っ張り出して、それも党首にしたのは、教団が赤っ恥をかく覚悟があることの証です。本気度の現れですよ。

――その夫人の能力は、政治家として活かされますか。

大川 少なくとも麻生太郎鳩山由紀夫より、ウチの家内は優秀です。手腕を実際に見てください。いざ戦えば、麻生太郎鳩山由紀夫の首は落ちますよ。考え方はアングロサクソン的ですね(笑)。日本の女性には珍しいくらいに、物事の白黒をはっきりつけるし、指揮命令も明確。大軍を動かす将に向いています。サッチャーやヒラリーなど、女性の政治家もいるけれど、家内はヒラリーみたいに軟弱じゃない。とても怖い存在ですよ。
 家内は、私とも考え方が違います。家内がアングロサクソン的だとすれば、私は和洋折衷型。同じことを聞かれても、私と家内から同じ答えが返ることはまずありません。その意味では、考え方や判断のレベルでも、政教分離は最初から成立しています。そうなると、まぁ私は松下幸之助みたいなものです。幸之助の思想を基にPHP運動(Peace and Happinessthrough Prosperity=繁栄による平和と幸福)が起きましたが、死後までその運動は残りましたね。ウチの政党も、私が関わらなくても、あとは組織自身の意志で動いていきますよ。

「沈黙の10年」のナゾは?

――政策面では、与謝野大臣を「貧乏神」と批判して経済成長を謳ったり、北朝鮮をめぐる安全保障、それに公教育の改革がメインですか。

大川 そうですね。政策の基本は穏やかな保守本流ですが、ラディカルなことも辞しません。安心できる公教育の実現という政策も、きっかけは私の3男のいじめ問題です。「週刊文春」なども書いたからご存じでしょう?問題を解決する能力のない何十万もの教職員と闘うには、大ナタを振るわねばならないし、「利害関係のない宗教でなければできない」とも言われた。それで、3男には「名前を出したら学校へ行けなくなるかもしれないが、いいか?嘘だと思われるといけないので実名でやるぞ」と私が言って、いじめ問題にも教団を挙げて取り組んだんです。

――「新・日本国憲法試案」では、「天皇制その他の文化的伝統は尊重する」とする一方、直接選挙で選ばれる大統領を国家元首と定めました。

大川 日本の指導者のふがいなさの原点は議院内閣制にあると考えています。つまり首相は間接選挙でしか選べない。その点、直接選挙で選ばれた大統領ならば、指導力を縦横に発揮できます。今も憲法下では、日本の元首は天皇か首相かどちらとも解釈できますが、日本が民主主義を貫くのなら元首は大統領だと明確にした方がいい。

 天皇制自体については、2,600年の歴史の中でも、政治的存在の時代と文化的存在の時代の両方がありましたね。明治維新以後の近代の明治憲法下では天皇は政治的存在になったと思いますし、その意味では昭和天皇は開戦責任や敗戦責任のリスクに晒されました。これからの将来においても、日本は北朝鮮と中国、この二つと戦争する可能性が高いと見ているので、やはり天皇は温存して、国民から直接選ばれた大統領が矢面に立つべきだと思っています。

――幸福の科学がもっとも注目されたのは、90年代初頭から前半です。91年には講談社への激しい抗議活動を行ったいわゆる「フライデー事件」があり、95年には「三塚博総理大臣待望論」や「創価学会亡国論」を出版するなど、マスコミの寵児の一面もありました。しかし、この95年から2,005年頃までは静かだった印象を受けるのですが、その理由は?

大川 それは鋭い指摘ですね(笑)。宗教の発展とマスコミの評価は正反対。マスコミに登場する時期に宗教は発展せず、逆に出ない時期にこそ、停滞か消滅したかと思われがちですが、実は発展するんです。会社だって、経営者があんまりマスコミに出すぎたら潰れるとよく言われるでしょ。ドラッカーもたしか経営者が宣伝をやりすぎるところはダメだ、と書いてます。マスコミに出ても、活動エネルギーが削がれる上に収入にもならないし、目立てば敵も増える。疲労困憊するだけでしたね。
 その点、ウチの教団でいえば、信仰の伝道や資金集めの「植福(しょくふく)」、それに活動拠点作りなども、静かにしていた95年からの10年間は、全てが上手く進んだ発展期。活動拠点も、それまでは高い家賃を払ってレンタルしていましたが、大型研修施設や支部など全国で二百数十カ所の拠点を、1円の借金もなく全部自前の資金で建てることができました。今回の政党設立でまたマスコミに出ると、いっぱい叩かれるだろうから、発展も止まるかな(笑)。来年以降はちょっと苦しくなるかもしれないけれど、国難の時期だからしょうがない、意見はやっぱり言わねばならないと、諦めてますよ。