「邪教・幸福の科学」の正体

30年の活動信者。退会後のカルトを語る。

【鬼畜の本性】10年以上前の大川隆法氏の女性問題を今まで黙っていた理由

幸福の科学 大川隆法先生の有難い性の儀式 中川隆

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先日、ある読者の方からお電話で言われました。

「Yさんに対する大川隆法氏の不倫問題を、今年になるまで黙っていたのは、どうしてだったのですか。

最初にその問題を知ったときは、どう思われたのですか。

それが疑問なのです。

その点を書くべきだと思います。」

この点は、私のブログを読んでくださった方が疑問に感じられるのですから、きちんと説明する必要があると思いました。

私とYさんとの再会は、1999年でした。

私がこの年の夏、還俗する事になって数日後に、Yさんから、「また話せるから嬉しい」というFAXがありました。

私の還俗を喜んでくださる第一号でした。

彼女は元職員のTさんと再婚されており、以前、正心館にお二人が来られたときに、すごく嬉しくて、歓迎させて頂いたことがありました。

もともと、彼女とはとても気心が合いましたので、彼女も私が職員を辞めたので、昔のように親しく交流出来ると思って期待してくださいました。

大川隆法氏は、もともとYさんには好意を持っていたと思います。

彼女が教団の草創期、西荻窪に事務所があった頃に採用されたときの事をよく覚えています。

大川隆法氏は彼女を採用することを私に告げられた時に、 「この人だったら職員として入ってもらっても恥ずかしくないよね」 と嬉しそうに私を見て言われました。

その時のことがすごく印象的で、 「ああ、Yさんを採用したことがよほど嬉しいのだな。彼女に好意をもたれているのだな。」 と感じました。

Yさんの御主人からパソコンを買わして頂いたこともありました。

その時は、Yさん御夫妻が滋賀の自宅に来て下さり、御主人が設定をして下さいました。

そういうこともあり、とても親しく家族ぐるみのお付き合いがありました。

1999年の12月でした。

Yさんからは、 「折り入って話したいことがある」 と、電話で言われました。

「今まで誰にも言えなかったことで、心の傷として残っているが、種村さんだったら癒してもらえると思うので話したい」 ということでした。

私は 「果たして私にそんな役目が出来るだろうか」 と不安を感じつつも、彼女の新大久保のマンションへ、滋賀から出かけていきました。

最初は御夫妻と歓談しましたが、いよいよ問題の核心に入るということで、御主人は別の部屋に移られ、彼女と一対一でお話を伺いました。

1997年の夏に、彼女は宇都宮で大川隆法氏の私邸にて秘書として働いていました。

直接の上司は医師でもあるM局長した。

彼女がそこを逃げるようにして飛び出して、以後、自宅にこもりっきりで寝たきり状態になったいきさつが語られました。

すでに週刊文春に公になったことですので、詳細は触れませんが、要するに大川隆法氏とベッドを共にしたものの、

さまざまな心の葛藤に耐え切れなくなって、M局長に相談したところ、M局長からは「逃げなさい」と勧められたので、職場を逃げ出したということでした。

その時に私は、次のことが特に強く印象に残りました。

 

過去世を使っての説得があった

 

大川隆法氏はYさんを釈迦の第一夫人のヤショーダラ妃と、彼女に言っていました。

したがってヤショダラ妃がYさんの守護霊だと言われていました。

そして、要するに 「ヤショーダラ妃が仏陀大川隆法氏と性的な関係を結んで、仏陀大川隆法氏を癒すように希望している」 という趣旨のことをYさんは聞かされたのです。

Yさんは、守護霊であるヤショーダラ妃がそう言っていると聞かされても、自分の思いとはまるで違うことを言われるので、当惑したようです。

当時は、大川隆法氏はいつもYさんの守護霊と話して、守護霊がこう言っていると伝えていたようですが、

Yさんにしてみれば 「守護霊の意見と私の気持ちは全く違う。 先生は私のいうことを少しも聞いてくださらないで、守護霊とばかり話しをしている」 と不満に思ったと、私に教えてくれました。

 

ベッドを共にしたあと大川隆法氏がYさんに合掌した

 

彼女が一番混乱したのは、セックスを終えた後、大川隆法氏が彼女に対して合掌し、感謝の気持ちを表現されたことでした。

その時の気持ちは複雑で、 「仏陀が私のような罪深いものに合掌して下さっている。 そんな資格は私には無いのに。」 という罪悪感が湧いたと言われました。

その心の混乱は結構、激しかったように感じました。

 

Yさんの葛藤

 

Yさんが逃げ出したのは、自分がいると奥様に悪いことをしてしまうから、自分がいなくなったほうがいいのだという気持ちが、まずあったようです。

それに彼女には当時、結婚を考えていた男性がいたので、その人への罪意識は当然ありました。

そして大川隆法氏が合掌したことへの上記の葛藤もあったようです。

さまざまな葛藤で胸が張りさけそうになって、M局長に相談したそうです。

そしたら 「逃げなさい。後のことは私に任せなさい。」 という言葉で、逃走したのです。

大川隆法氏からの連絡が来ないように、自宅の電話線も引き抜きました。

しかし、逃げ出した事により、仏陀の指示にそむいて逃げ出したという罪悪感も追加されたようでした。

 

Yさんの嗚咽

 

Yさんはどのような行為があったのかも、私に教えてくれましたが、仏陀と信じている大川隆法氏を一生懸命に真心込めて癒そうとされた印象を強く受けました。

しかし、突然嗚咽が始まりました。

今まで溜まっていた悲しみ、葛藤、そうした抑圧された感情が堰を切ったように涙となって溢れてきました。

慟哭というか、体を揺らしての激しい嗚咽の涙です。

呆然と見守るしかありませんでした。

その時の印象ではものすごく長時間泣かれていたような感じを持ちました。

私はYさんに、次のように言いました。

「守護霊のヤショーダラ妃がそう申し出たと言うことは、天上界がよほどそれが必要と判断されるような事情があったに違いないから、そういう関係になったこと自体で、自分を責める必要は無いと思います。

合掌されたということは、よほど大川隆法氏が癒されたのでしょうから、その感謝の気持ちは素直に受け止められていいのではないでしょうか。

教団から逃げ出したことは、M局長に相談された上で指示でもあるし、あなたには約束していた方がいたのだから、止むを得ないことで、自分を責める必要は無いと思います。」

この時には、私の中に大川隆法氏の行動をおかしいと思う気持ちは、起きなかったのです。

守護霊のヤショーダラ妃がそう言ったという事を完全に私も信じたからです。

きっと何か天上界でそういう必要を感じられて、そういう事になったのだろうと、信仰心で受け止めてしまったからです。

「何か深いお考えや、計り知れないご事情があるに違いない」 と考えたのです。

これは洗脳状態に特徴的な思考停止をまねくフレーズです。

私はただ、彼女の罪悪感が癒える事だけを願っていました。

この時にYさんは、終わったあとに、 「このことは誰にも言う必要は無いからね」 と大川隆法氏から口止めされたと聞きましたので、私も黙っていました。

その後の彼女は、明るさを取り戻されたように感じましたので、私はお話を伺ってよかったと思っていました。

私が、大川隆法氏に疑問を持ち始めたのは、まだ最近のことなのです。

疑問を持ったきっかけの一つは、大川隆法氏がヤショーダラ妃を長女の過去世であると言い出した事です。

私は耳を疑いました。

もしそちらが真実なら、一体、大川隆法氏がYさんに言ったことは何だったのか、という疑問が起きました。

私はYさんの守護霊のヤショーダラが自分で申し出たと言うので、そういう特別な事情が何かあったのだろうと、天上界の判断だと思って信じていたのです。

しかし、ヤショーダラ妃が長女であるとなると、大川隆法氏のしたことは詐欺です。

教祖が霊の声を偽ってセックスを職員の女性に強要したという犯罪になります。

過去世が間違うなら、大川隆法氏は自分が釈迦の生まれ変わりだと言っていたのですから、自分の奥さんも分からないような仏陀がいるのかという疑問も起きました。

それとも、ヤショーダラ妃を名乗って悪魔が大川隆法氏をそそのかせたのではないかとも考えました。

私は大川隆法氏が意図的に騙しのテクニックを使う人物だとは考えることが出来なかったので、当時、大川隆法氏は霊障だったのだという判断に傾きました。

しかし、霊障になる仏陀というのはありえませんので、私はその段階で思考停止になりました。

決定的だったのは、別の方の性的被害を聞いたときでした。

2009年に選挙の折に随行していた若い女性秘書に、ホテルで何らかの性的なアプローチがあり、その結果、その女性は翌朝自宅へ逃げ帰ったという話を知ってしまったのです。

その方のお母さんのお話なので、私は信じないわけにはいきませんでした。

その家族は、御両親も姉も退会され、御本尊も祭壇もずたずたにしたと聞きました。

また、その方にお話を聞いてお辞めになった方が大勢いらっしゃるということも知りました。

そのお母さんが余り周りに話をしないようにと、長く秘書をしているM氏が口止めをしようとしたものの、母親の剣幕に押されて退散したという話も知りました。

私は大川隆法氏が異常な行動を継続的に行っていることを知るに至りました。

それまでは、大川きょう子さんが週刊誌で発表された内容を信じていなくて、週刊文春に抗議の手紙を書いていたほどです。

教団側の洗脳に深く侵食されていましたので、そういう状態でした。

その私が変わったのは、やはり2009年の被害者の方の存在を知ったことでした。

その時初めて、私は大川隆法氏自体がおかしいという認識を明確に持ったのです。

私は、知ったものの責任として、大川隆法氏に対して反省を求める意見具申をする決意をしました。

今年の2月頃です。

そのころ大川隆法氏の行状を知った会員さんが、納骨壇のキャンセルをしたいということで、購入の際に支払ったお金を返してもらいたいという話が出て、支部那須精舎に相談をされていました。

すると 「お布施なので返せません」 という決まり文句が返ってくるのみで、中には支部長から 「お布施の返還を求めるのは教団を敵に回すことよ」 という恫喝をされた方もいました。

この方々は仕方なく消費者センターにも相談されましたが、弁護士を紹介されただけでした。

結局、裁判になったのですが、私は幸福の科学で布施が尊いのは三輪清浄ゆえに尊いと言ってきたので、受者たる大川隆法氏がここまで穢れている以上は、そもそも布施として無効であると思いました。

そこで、私はそのことを陳述書として提出することで、この裁判を側面支援させていただく事にしました。

大川隆法氏への手紙は最初は弁護士から教団に送ってもらった(無視されないようにと考えての事です)のですが、「事実無根」「慢心」だとして、私に広報局から否定する内容の文章が届きました。

大川隆法氏にも手紙が届いていないようでした。

それで私は、大川隆法氏が否定できない事実をなるべく詳細に書いて、被害者の救済と納骨壇等のお金の返還を勧告する手紙を4月4日に、大悟館へ配達証明で送りました。

その手紙が着いたのは4月5日ですが、奇しくもこの日に布施の返還訴訟が提訴されていました。

これは不思議な偶然の一致(共時性)だと感じました。

なお、手紙が届いた4月5日付けで、私は幸福の科学から除名になりました。

その後、週刊文春がこの手紙の存在を知る事になり、世に出る事になりました。

私は被害者の拡大を防ぐために、週刊誌に出ることはむしろ必要なことだと思いましたので、取材に協力する事にしました。

しかし、この記事が出る前に、私は、Yさんともう一度連絡を取って、彼女の了解を頂きたいと思いました。

そして、新大久保のマンションも探し当てたのですが、引っ越されていました。

引越し先も探したのですが、分かりません。

私はYさんにお伝えしたいことがあります。

私はYさんの出来事は、大川隆法氏の犯罪的な行為を明るみに出し、これ以上被害を広げないために、本当に大きな犠牲であったと思います。

Yさんの存在に感謝されている方は、非常に沢山おられます。

私はYさんの傷ついた心を癒すためのお手伝いをさせていただきたいと思います。

Yさんから連絡を頂くことを、私は心からお待ちしております。

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