「邪教・幸福の科学」の正体

30年の活動信者。退会後のカルトを語る。

私は、信者の人とは絶対に結婚したくありません。 不幸になるからです。

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★★『幸福の科学』統合スレッドpart880★★

私は、幸福の科学の2世信者です。

幸福の科学なんか、大嫌いです。

幸福の科学なんか、なくなればいいのにと思ってます。

私の家は何か他とは違うなと思っていました。

うちは貧乏だからと、いろいろ我慢し、あきらめていました。

私は、家族旅行に連れて行ってもらったことが、一度もありません。

休みの日は、支部に行ったり講演会に行ったり、幸福の科学の行事ばかりでした。

小学生の時は、お小遣いはありませんでした。

中学生になって、毎月500円もらえるようになりました。

お金が無いので、高校生になってアルバイトを始めました。

田房永子さんのマンガを読んで、私の母が「毒親」だということが分かりました。

貧乏だったのではなく、母が幸福の科学のためにお金を使ってしまったからだということが、分かりました。

両親は、いつも喧嘩ばかりしていました。

母は、父を憎むように仕向けました。

母から父の悪口ばかり聞かされていたので、子供の頃は父が悪いと思っていました。

喧嘩の原因は、母が幸福の科学のためにお金を使い過ぎることでした。

悪いのは、母のほうでした。

今では、父が怒るのも当然だと思います。

今では、父のほうがまともだったことが分かります。

母は自分の思い通りにならないと、直ぐにヒステリーになるので、父も母は病気だとあきらめています。

泣きわめき、家の中の物を投げつけ暴れるので、父もどうにもなりません。

父に離婚するように言ったことがある。

そんなことしたら母が何をするか分からない、自殺するかもしれないと、父が言ってました。

「私と幸福の科学と、どっちが大切なの?」と母に聞いたことがあります。

「お前なんか産まなければよかった!」と母に叱られました。

私は、あまりのショックに何も言えませんでした。

母にとっては、私や父より、大川総裁のほうが大切なのです。

その時から、私には母はいないものと思っています。

高校を卒業してから、私は家を出ました。

今でも、幸福の科学の映画とか講演会に誘う電話が、母からかかってきます。

親子の縁を切れるものなら、切りたいです。

子供のころは、服はフリーマーケットで買ったものばかりでした。

外食に連れて行ってもらった記憶がありません。

お小遣いをもらえなかったので、小学生の時には、友達と遊べませんでした。

「お金が無い、お金が無い」というのが母の口癖でした。

母は料理をあまりしません。

スーパーとかコンビニの弁当が多かったです。

幸福の科学の活動に熱心で、母は家にほとんどいません。

仕方がないので、休みの日に、父が家の掃除をやります。

母が家にいると喧嘩ばかりしているので、母が幸福の科学の活動をすることに、父は反対しません。

母が家にいないほうが心が安らぐと、父もあきらめています。

私は、信者の人とは絶対に結婚したくありません。

不幸になるからです。

家庭のユートピを作れないからです。

母は、大川総裁はすごい人だと言うのですが、私には分かりません。

家に御本尊がありますが、大川総裁の顔を見ると、気持ちが悪くなります。